以前の記事で、EUTのインピーダンスや負荷のインピーダンスによってノイズフィルタの効果が変わるということを紹介しました。
実際にノイズ対策していると、データシートに記載されているデータ通りの効果が得られることはほとんど無いですよね。
これはデータシートに記載されている特性(挿入損失)が、入出力のインピーダンスが50Ωの条件で規定されているためです。
そこで今回の記事では、入出力のインピーダンスによってノイズフィルタの挿入損失特性が変化する理由について紹介します。
フィルタ設計ツール
フィルタ設計にあたっては、これまでと同様に「QucsStudio」を使用します。
インストール方法は下記を参照ください。
今回はわかりやすい定数で計算するため「Filter synthesis」を使用しません。
「Filter synthesis」はパラメータを設定するだけで定数を決定できるツールです。
非常に便利ですので、興味のある方は試してみてください。
入力インピーダンスの影響
「挿入損失」は、回路の入力電圧と出力電圧の比を表したもので、一般的にはデシベル[dB]で表されます。
デシベルの取り扱いについては、下記の記事を参考にしてください。
フィルタの挿入損失特性を求めるためには、フィルタの挿入損失だけでなく、フィルタなしの時の挿入損失も求める必要があります。
50オームの入出力
例えば、入出力のインピーダンスが50Ωの場合を考えてみます。
信号源の電圧が1V、出力抵抗と負荷抵抗がそれぞれ50Ωとします。
(ネットワークアナライザでの計測を模擬)
この系においてフィルタがない状態でも、出力電圧は50Ωの抵抗で分圧されることで0.5Vになります。
フィルタがない状態でも電圧が半分になってしまうわけで、この分を予め補正する必要があります。
補正値としては 0.5V ⇛ -6dB となります。
1MΩ入力
もう一つ例を見てみましょう。
信号源の電圧が1V、出力抵抗が1Ω、負荷抵抗1MΩとします。
(オシロスコープでの計測を模擬)
このとき出力電圧は、0.999999V ≒ 1Vです。
このような場合には、補正値は 0dBとして計算されます。
挿入損失の計算
では、フィルタの挿入損失を計算していきましょう。
フィルタなし
まずはフィルタなしの回路を準備します。
ネットの名称は入力電圧を「IN」、出力電圧を「OUT」とします。
フィルタ回路
つぎにフィルタ回路です。
フィルタ回路は、入出力インピーダンスの組み合わせを例として6種類作成します。
ネットの名称は「”回路のトポロジー” + “IN or OUT”」です。
計算方法
挿入損失を計算してみましょう。
π型フィルタの場合、入出力の電圧比「PI_OUT / PI_IN」に対して、フィルタなし「OUT / IN」で補正します。
下の式ではデシベルで計算しているため、引き算で補正しています。
これで各回路の挿入損失が求まりました。
50Ω系の挿入損失の計算例
それぞれの回路ごとの挿入損失の違いについて見ていきましょう。
コイルとコンデンサの定数をそれぞれ「1uH」と「1uF」に設定し、入出力のインピーダンスが50Ωの場合で計算しています。
黄色とピンクの比較
まず1次のフィルタの「C_TYPE(黄色)」と「L_TYPE(ピンク)」で比較します。
「C_TYPE(黄色)」は周波数が高くなるに従って負荷の合成インピーダンスが低下するため、挿入損失が大きくなります。
一方「L_TYPE(ピンク)」は、周波数が高くなるに従って信号源側のインピーダンスが高くなり、挿入損失が大きくなります。
ここでのポイントは、「コンデンサ」は「負荷のインピーダンス」、「コイル」は「信号源のインピーダンス」に対して作用するということです。
今回の例ではコンデンサとコイルが、50Ωの抵抗に対して影響を与えます。
1uFのコンデンサと1uHのコイルのインピーダンスは、表のようになります。
50Ωの抵抗に対する影響度で考えると、コンデンサは1kHz以上でインピーダンスが50Ω以下になるため、低い周波数から挿入損失が大きくなります。
一方のコイルは1MHz以上でようやく50Ω以上になるため、低い周波数では挿入損失が小さくなります。
これが同じ1次のフィルタでありながら、「C_TYPE(黄色)」と「L_TYPE(ピンク)」で挿入損失が異なる理由です。
黄色と黄緑と赤の比較
つぎに「C_TYPE(黄色)」と「CL_TYPE(黄緑)」と「T_TYPE(赤色)」を比較してみましょう。
それぞれフィルタの次数が1次、2次、3次であるにも関わらず、10MHz以下の周波数では挿入損失が概ね同じです。
これは10MHz以下のコイルの挿入損失が小さいためです。
フィルタの減衰傾度は、一般的に次数によって決まると言われます。
減衰傾度については、以下の記事で解説しています。
しかし次数が大きくても、コンデンサやコイルのインピーダンスが入出力のインピーダンスに対して影響を与えなければ低次のフィルタとしてしか機能しません。
今回の例では、10MHz以下ではコイルがほとんど影響を与えないため、「C_TYPE(黄色)」と「CL_TYPE(黄緑)」と「T_TYPE(赤色)」の挿入損失に差がありません。
一方で10MHz以上の周波数においては、フィルタの次数による違いが表れ、2次フィルタ「CL_TYPE(黄緑)」は -40dB/decade、3次フィルタ「T_TYPE(赤色)」は -60dB/decadeとなっています。
ここでも入出力のインピーダンスがフィルタの挿入損失に影響を与えることがわかりますね。
赤と青の比較
最後に3次のフィルタ同士「T_TYPE(赤色)」「PI_TYPE(青色)」を比較してみます。
まず100kHz以下に着目します。
PI_TYPE(青色)はT_TYPE(赤色)よりも挿入損失が 6dB大きいです。
これはPI_TYPE(青色)が並列にコンデンサが2つ並んでいるためです。
コンデンサが並列に2つ接続されることで容量が2倍になります。
容量が2倍になるとインピーダンスが 1/2 なり、挿入損失が 2倍 ⇛ 6dBになります。
そして100kHz以上になると、PI_TYPE(青色)は 225kHzに共振が発生しています。
この共振はLC回路の直列共振によるものです。
上図の閉ループにおいて、コンデンサは直列接続されるため合成容量が半分になります。
合成容量が 0.5uFの時の共振周波数は、以下の式から 225kHzとなります。
さらに共振周波数以上の周波数帯域では、コイルが作用しはじめることで3次のフィルタとして機能しはじめ、-60dB / decadeの傾きで挿入損失が大きくなっていきます。
このように50Ω系ではπ型フィルタ(PI_TYPE)の挿入損失が最も大きいですが、入出力のインピーダンスによってその優位性が変わります。
おわりに
長い記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
といっても、まだ続きます(笑)。
次回の記事では、挿入損失と入出力のインピーダンスの関係性について実例で紹介します。
今回は以上です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。