HDMIケーブルやUSBケーブルを購入すると、コネクタの近傍にフェライトコアが付いていることがありますが、その効果についてはかなり曖昧なことしか記載されていません。
そこで今回の記事では、市販されているHDMIケーブルを分解してフェライトコアの性能を調査してみました。
動画はこちら↓
フェライトコアの迷信
HDMIケーブルにおけるフェライトコアの役割として、映像のノイズを取り除く
というように記載されていることがあります。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2021/09/hdmi-ferrite.jpg)
この説明について、フェライトコアはノイズを吸収する働きを持つため、一見すると正しいように感じますが、2つの理由から正しく説明していないと言えます。
伝送モード
HDMIケーブルに流れる信号は、ディファレンシャルモードの差動信号です。
この差動信号においては、一方の線から信号が流れていき、もう一方の線を戻ってくるようにして電流が流れます。
そして、この差動信号に対してフェライトコアを取り付けたときに、フェライトコア内部ではそれぞれの電流によって生じる磁界が互いに打ち消し合うため、ノイズを吸収することはできません。
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つまり、フェライトコアの吸収対象となるノイズはコモンモードノイズのみであり、映像信号に対して直接的に作用することはないということにです。
周波数特性
一般的なフェライトコアの周波数特性は、おおよそ 100~200MHzあたりで最もインピーダンスが高くなります。
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一方でHDMI信号の周波数特性は、HDMI1.4においても最大データレートが 10.2Gbpsとなっており、クロック周波数は 200MHzよりも高くなることが一般的です。
つまりHDMI信号の周波数特性に対して、フェライトコアの周波数特性は低すぎるということです。
実際にHDMI用のコモンモードフィルタにおいては、1GHzを超えてなお、高いインピーダンスが維持されるようになっています。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2021/09/TDK_CMC-800x396.jpg)
出典:TDK
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2024/07/art-denshi-noise-handbook.jpg)
フェライトコアの役割
ではなぜフェライトコアを付けるのかというと、それはEMC試験をクリアするためです。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2019/10/EMI%E8%A9%A6%E9%A8%93%E8%A1%A8%E7%B4%99-320x180.jpg)
電子機器においては、エミッション規格においてノイズの限度値が規制されています。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2019/12/CISPR%E8%A6%8F%E6%A0%BC%E4%B8%80%E8%A6%A7%E8%A1%A8%E7%B4%99-320x180.jpg)
そしてこのEMC試験では、HDMIケーブルなどの導体がアンテナとして作用することがあり、その際にフェライトコアを取り付けると放射ノイズを抑制することができます。
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そのためEMC試験をクリアできない場合には、フェライトコアを取り付けるなどのノイズレベルを下げる処置が必要となります。
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分解調査
今回は2種類のHDMIケーブルを用意しました。
①サンワサプライ製
サンワサプライ製のHDMI1.4対応のケーブルです。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2021/09/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%AF%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E8%A3%BD-300x475.jpg)
フェライトコアの効果として、高周波ノイズを吸収するというように記載されています。
②イエローナイフ製
もう1つはイエローナイフという、よくわからないメーカーのものです。
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こちらも HDMI1.4 に対応したケーブルです。
フェライトコアの外観比較
フェライトコアの性能を評価するために、それぞれのケーブルを分解しました。(どちらもフェライトコアが強固に固定されていて、分解するのはけっこう大変でした)
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外寸はどちらも同じくらいですが、内径のサイズを比較してみると、サンワサプライ製のものの方が若干小さくなっています。
一般的には内径が小さいほどインピーダンスが高くなる傾向があるので、このことからもサンワサプライ製のものの方がキチンとしていると言えそうです。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2024/07/art-denshi-noise-handbook.jpg)
インピーダンス比較
インピーダンスは NanoVNAを使って測定します。
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NanoVNAについては、こちらの記事で解説しています。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2021/03/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%81_v1-320x180.png)
比較対象
インピーダンスについては、同じサイズの後付タイプのフェライトコアとも比較対象に加えます。
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このフェライトコアは YFFSFDCというメーカーのもので、アマゾンにて1つあたり 50円程度で販売されているものです。
それぞれのインピーダンスを比較すると、サンワサプライ製のフェライトコアが最もインピーダンスが高く、反対にイエローナイフ製のフェライトコアが最もインピーダンスが低い結果となりました。
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両者のインピーダンスを比較すると、ピーク周波数の200MHzにおいて約1.5倍の差が生じています。このことから、フェライトコア搭載といっても一概に同じ性能ではないということがわかります。
またサンワサプライ製とYFFSFDC製を比較すると、ピーク周波数においては1.2倍程度の差となっていますが、それよりも低い周波数においてはその差がさらに大きくなります。
結論
サンワサプライのような有名メーカーのHDMIケーブルにおいては、ノイズ対策効果の観点から最適なフェライトコアが選択されていると言えます。
また後付タイプのフェライトコアにおいては、ターン数を増やすことでより高いインピーダンスを得ることもできるため、状況に応じて使用してみるのも良いかと思います。
補足:シールド構造
画像では少し分かりづらいですが、同じHDMI1.4対応のケーブルでもシールド構造に大きな違いがあります。
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サンワサプライ製のケーブルは、編組・アルミ箔・アルミ箔の3重シールドとなっていましたが、イエローナイフ製のケーブルはアルミ箔のみの1重のシールドとなっています。
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おそらくですが、フェライトコアの有無よりもこのシールド性能の違いの方がノイズ対策に影響を与えそうな気がします。
そのためHDMIケーブルを選ぶにあたっては、きちんとシールド構造が明記されたものを選ぶほうが良いかと思います。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2024/07/art-denshi-noise-handbook.jpg)
おわりに
今回は HDMIケーブルに付属しているフェライトコアの役割と実際のインピーダンス特性について解説しました。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2021/09/pixel-cells-3704046_640-300x227.png)
邪魔者に見られがちなフェライトコアですが、適切に使用することで、効果的にノイズを抑制できるということを理解しておいてください。
またよくある勘違いですが、HDMIケーブルに付いているフェライトコアには映像のノイズを除去する効果はありません。
ごく稀に宣伝文などで、映像のノイズが消えるなどと表現されることがありますが、原理的にはそのような効果は期待できないので、話半分に信じすぎないように注意してください。
今回は以上です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。