この記事では SIGLENT製のSNA5004Aをもとに 4ポートネットワークアナライザ(VNA)の活用方法を解説しています。
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SNA5004Aの概要
SIGLENTは一般的な計測であるオシロスコープやマルチメータはもちろん、スペアナ、ネットアナ、信号発生器などの高周波用の計測器も開発している中国のメーカです。
今回使用するSNA5004Aは 9kHz~4.5GHzの周波数範囲に対応した4ポートのVNAです。
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スペック
スペックについては信号の出力レベルが -55dBm~+10dBm、周波数分解能が1Hz、ダイナミックレンジが最大125dBと実務レベルで必要十分な性能を持っています。
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機能と操作感
大型タッチパネルを搭載しているため複数のパラメータを表示しても見やすく、操作感もスムーズです。感覚的にはキーサイトのENAシリーズと遜色ないレベルです。
機能面については4ポートネットワークアナライザならではの MixedモードSパラメータや Imbalanceパラメータの測定に対応しており、高周波回路の評価のほぼ全ての場面に対応できます。
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サイズ感も最近の計測器らしくかなり薄型に仕上がっているため、設置場所を選ばないというのも SNA5004Aの良い点です。
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4ポートVNAのキャリブレーション
4ポートVNAを使用する上で、唯一のデメリットはキャリブレーション作業です。キャリブレーションはネットアナを使用する上で基準となる値を規定するためのもので、測定時には必ず実施する必要があります。
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4ポートネットワークアナライザにおいてはこのキャリブレーション作業が非常に面倒で、唯一のデメリットとも言えます。
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キャリブレーション作業
具体的には各ポートの反射補正とポート間のスルー補正で合計で18回の補正が必要になります。
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ここでは測定ポイント数を少なめにしているので1回の補正にかかる時間は短めですが、それでも18回分の補正をするとなると数分程度の時間を要します。
また実務ではトルクレンチを使ってトルク管理することが一般的で、その場合にはキャリブレーションするだけで10分以上の時間が掛ることがほとんどです。
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E-calの活用
E-calと呼ばれる電子校正モジュールを使用すれば、一度の作業で全てのパラメータを同時に補正することができます。
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SIGLENTは最近SNA5000シリーズ用のE-calモジュールの発売したので、実務で使用される方はE-calモジュールを導入した方が良いかもしれません。
差動モジュールの評価
差動アンプモジュールのディファレンシャルモードとコモンモードのゲインの違いを比較してみます。
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この差動アンプモジュールにはGB積が400MHzのデバイスが(LMH6550)使用されており、回路のゲインは10倍(20dB)で設計されています。
このモジュールのSMAコネクタにVNAの各ポートを接続してMixedモードSパラメータを測定します。なおMixedモードSパラメータについては以下の記事で解説しています。
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ディファレンシャルモードとコモンモードの各ゲインは Sdd21と Scc21で表されます。
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測定結果を比較すると、ディファレンシャルモードが設計通り20dB(10倍)のゲインを持っているのに対して、コモンモードは-30dB程度と信号が減衰しています。
ディファレンシャルモードのゲインは -3dBの帯域幅が40MHz程度となっており、GB積(40MHz×10倍= 400MHz)から考えても妥当な測定結果と言えます。
CMRRの算出
CMRRは Sdd21と Scc21の比から計算することができ、トレースも追加できます。
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なお CMRRが 70dB程度となっていますが、デバイス本来の性能(CMRR=80dB)と比較すると若干低くなっています。
1dBコンプレッション
1dBコンプレッションポイントは、パワー掃引の機能を使えば簡単に測定できます。
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ここでは10MHzのCWを入力したときの入出力レベルの関係性を表示していますが、19.5dBのゲインに対して入力信号が+2dBmを越えたあたりで1dB低下していることが確認できます。
つまりこの差動アンプモジュールを飽和させることなく使用するには、入力レベルを+2dBm以下に抑える必要があるということです。
このように評価項目の多い差動アンプも接続を変更することなく測定できるのは、4ポートVNAならではの利点です。
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フェライトコアの評価
MixedモードSパラメータはノイズ対策の分野でも非常に役立ちます。ここではフェライトコアのモード別のインピーダンスを測定してみます。
インピーダンス測定はネットワークアナライザの代表的な用途の1つです。
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MixedモードSパラメータを用いることでディファレンシャルモードとコモンモードのそれぞれのインピーダンスを測定できます。
ここではインピーダンス測定用の基板に電線をハンダ付けして、そこにフェライトコアを取り付けています。
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この状態でSdd21とScc21を測定すると、コモンモードのScc21のみ大きく減衰していることが確認できます。
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この理由はフェライトコア内部でディファレンシャルモードは磁束が打ち消し合うのに対して、コモンモードは磁束が強め合いそのエネルギーが熱に変換されるためです。
インピーダンス変換
インピーダンス表示するには Math機能の Analysisの中にある Conversion機能を使用します。
このConversion機能は Sパラメータの測定結果をインピーダンスやアドミタンスに変換することができます。
この中の Z-transmitを選択すると、ポート間の通過インピーダンスが表示できます。
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なお縦軸の単位はデフォルトでは1Ωを基準とした dBΩで表されていますが、インピーダンスはリニア表示したほうがわかりやすいため Formatから Lin Magを選択します。
するとモード別のインピーダンスをリニア表示でき、ここでは 10MHzにおいてディファレンシャルモードとコモンモードで 20倍程度の差があることが確認できます。
このようにMixedモードSパラメータを用いることで、フェライトコアの原理を測定結果をもとに理解できます。
バランの評価
次に3ポートデバイスであるバランの評価方法を紹介します。
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バランは不平衡回路と平衡回路を変換するための高周波部品です。
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平衡回路はBalanced、不平衡回路は シングルエンド(SE)と表され、3ポートデバイスの測定を行う場合には SE-Balの回路トポロジーを選択します。
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ここではバランの特性としてシングルエンドから差動モードへの変換を表す Sds21とシングルエンドからコモンモードへの変換を表す Scs21の2つのパラメータを測定します。
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100kHzを越えたあたりからモードによって通過特性に違いが生じており、周波数が高くなるに従ってシングルエンド信号が平衡信号として伝送されていることが確認できます。
コモンモードについては 10MHz以上の周波数帯で-20dBとなっており、このあたりからバランとして機能してそうということが読み取れます。
なおこのバランは販売ページには動作周波数が 10MHz~3GHz表記されているので、測定結果についても妥当と言えそうです。
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分配器の評価
バラン以外の3ポートデバイスとして分配器があります。この分配器はウィルキンソンカプラと呼ばれるものです。
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この分配器は伝送線路の長さがλ/4に共振するとポート2とポート3の間が分離される、つまりアイソレーションされる性質を持ちます。
ここでは回路のトポロジーを全てシングルエンドに設定して、各ポート間の通過特性を測定します。
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するとポート1からの信号であるS21とS31は概ね一定の値を示しているのに対して、ポート2とポート3の間のS23とS32は特定の周波数ごとに減衰していることが確認できます。
ここでは1GHzにおいて -20dB程度まで信号が減衰していますが、これがλ/4の伝送線路によって信号が打ち消し合うことの効果です。この現象は奇数次の高調波でも起こるため 3GHzにおいても同様に信号が減衰します。
このあたりの評価も2ポートVNAでは簡単に測定できないので、4ポートVNAならではの活用方法と言えます。
おわりに
今回は4ポートVNAの活用方法を解説しました。
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もともとネットワークアナライザ自体が用途の広い計測器ではありますが、4ポートVNAではさらに多くの回路やデバイスを評価できます。
今回使用した SIGLENT製の SNA5004Aは既存のネットアナと遜色ない性能で、かつ低価格で入手可能です。
実務レベルで高周波回路の設計・評価を行う方や古いネットアナの設備更新を考えている方はチェックしてみてください。
今回は以上です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。