電波吸収シートは、ノイズ対策用の部品として様々な電子機器で使用されています。
そこで今回は、電波吸収の「原理」「分類」、そして電波吸収シートの「使い方」について解説します。
動画はこちら↓
電波吸収の原理
電波吸収体には様々な種類が存在しますが、吸収原理に関しては「誘電損失」「磁気損失」「反射損失」の3つに大きく分類することができます。
誘電損失
誘電損失を示すものの多くは、ゴムや発泡体などの絶縁体にカーボンなどの導電粉末を混ぜ込んだものになります。
ゴムや樹脂は単体でも誘電体としての性質を持ちますが、導電粉末を混ぜることで複素誘電率(ε’ と ε”)のうち、損失に係る ε” の成分が大きくなり、それによって吸収損失が得やすくなっています。
この誘電損失タイプの場合、導電粉末の含有量によって吸収性能が得られる周波数帯が変化するため、例えば複数の含有パターンのものを積層することで吸収性能を広帯域化させることができます。
ただし、基本的には各層ともある程度の厚みが必要となるため、小型化する用途にはあまり向いていません。
磁気損失
磁気損失は、ゴムや樹脂に透磁率を有する磁性粉末を混ぜ込んだものになります。
この磁性粉末は、ノイズ対策用の磁性体として最も馴染みの深いフェライトを始めとして、カルボニル鉄やセンダストといった金属磁性粉末が使用されることもあります。
この磁気損失の原理は、磁性体を使用しているということで、基本的には磁界に対して作用し、磁界を内部に取り込んで熱に変換することで吸収損失が得られるようになっています。
この磁気損失タイプの場合、比較的サイズが小さくても吸収効果が得られますが、どれだけ多くの磁界を取り込めるかが重要となるため、シートの「透磁率」と「厚み」が吸収性能に直結する傾向にあります。
反射損失
ここで言う反射損失は、一般的な電磁波シールドとは少し意味が違っています。
その理由は、反射した電波の位相差によって電波を打ち消す働きを持つためです。
このタイプの吸収シートは、ゴムやプラスチックなどの誘電体の裏面に金属のシートを貼り付けた構造となっており、金属シートで反射した電波と入射してくる電波が互いが打ち消すように作用することで、高い吸収性能が得られるようになっています。
ただしこの反射損失タイプは、基本的に位相が反転する周波数が誘電体の厚みによって決まって.いるため、狭い周波数帯域でしか吸収効果は得られません。
このように電波吸収には3つの原理がありますが、それぞれ原理が異なるため、万能なものは存在しないということを理解しておく必要があります。
電波吸収体の分類
電波吸収が最もわかりやすいものに「電波暗室用」の電波吸収体があります。
このように建造物に取り付ける場合には、ピラミッド型の電波吸収体が使用されることが多いですが、一般的な電子機器に取り付ける場合には電波吸収シートが用いられます。
電波吸収体
比較的大型の電波吸収体は、建造物に取り付けるということで、基本的には電波の放射源からは少し離れた位置に設置されます。
電波の世界において距離というのは非常に重要で、距離によって電波の性質が「近傍界」か「遠方界」が違ってきます。
ここで扱う電波吸収体は、遠方界の電波に対して吸収損失を与えるものになります。
そしてこの遠方界においては、電波そのものを引き寄せることはできないため、吸収体に入射してきた電波をいかに効率よく吸収するかが重要になります。
そのため吸収性能が高い「反射損失タイプ」や積層して広帯域化した「誘電損失タイプ」の電波吸収体がよく使用されます。
電波吸収シート
電波吸収シートは、多くの場合電子機器の内部に取り付けられます。
電子機器内部に取り付ける意図としては、放射ノイズ対策であることがほとんどです。
この場合、電子機器内部のノイズ発生源に近い位置に取り付けることができるため、電磁波の性質としては「近傍界」の領域で作用することになります。
そして、ノイズ対策用の電波吸収シートの場合は小型であることが必須であるため、磁界に対して作用する「磁気損失タイプ」が用いられます。
このように「遠方界」と「近傍界」という電磁波的な観点から、電波吸収体と電波吸収シートの違いを理解しておくと、どのような原理の吸収体を用いれば良いかが理解しやすくなります。
電波吸収シートの使い方
ノイズ対策用の電波吸収シートは、両面テープによって貼り付けることが多く、高い絶縁性能を持っているため、電子機器内部の様々な箇所へ貼り付けることができます。
代表的な貼り付け箇所としては「半導体IC上」「プリント基板の配線パターン上」「ケーブル」が挙げられます。
半導体IC上
半導体ICは、スイッチング動作によって周辺回路に電磁的な妨害を与えます。
そしてここに電波吸収シートを貼り付けると、IC内部で発生した磁界を取り込んで、そのエネルギーを熱に変換することで、周辺回路への干渉を低減することができます。
IC上で発熱しても大丈夫なのか?と思う方もいるかも知れませんが、ここでの発熱というのは、ノイズの磁界によるものなので基本的には非常に微小なものとなっており、この発熱が原因となって故障することはほとんどありません。
配線パターン上
配線パターンには、「信号」と「ノイズ」が混ざった電流として流れており、その電流によって磁界が発生しています。そのため配線パターン上に電波吸収シートを貼り付けると、その磁界を取り込んで、外部への漏洩(放射)を低減することができます。
ただし配線パターン上に貼り付ける場合には気をつけるべきポイントがあります。
それはインピーダンスコントロールしている配線パターン上に電波吸収シートを貼り付けると、特性インピーダンスが変化して、それによってさらにノイズレベルが上昇することがあるということです。
そのため貼り付けにあたっては、カットアンドトライで様々なパターンを試してみるしかないというのが実情です。
ケーブル
ケーブルに貼り付ける使い方は、基本的にはフェライトコアを取り付けるのと同じ考え方になります。つまりケーブルに流れる磁界を取り込んで、熱に変換しているということです。
ただしフェライトコアとの違いとしては「形状」と「周波数帯」があります。
形状に関しては、FFCやFPCなどのフレキケーブルに対して取り付けることが多く、この場合には「コモンモードノイズ」に対して作用することとなります。
周波数帯については、フェライトコアよりも透磁率が低いため、より高い周波数でノイズ抑制効果が得られるようになっています。
ただし体積が小さいため、適正な周波数であってもフェライトコアより効果が小さいこともあります。
貼り付け箇所
ちなみに電波吸収シートの貼り付け箇所を選ぶポイントとして、2つの観点があります。
ノイズ発生源
1つ目はノイズの発生源に近い位置に取り付けるということです。
ノイズ対策の基本として「ノイズの発生源」「伝播経路」「放射源」の3つの要素に分解するという考え方があり、この中で最も有効なのがノイズ発生源に対する対策です。
多くの回路においては、ICがスイッチングすることによってノイズが発生するため、「半導体IC上」あるいは「その周辺回路」へ電波吸収シートを貼り付けるのが効果的と言えます。
放射源
もう一つの観点は、ノイズの波長と放射源の関係性です。
電磁波はアンテナによって外部へエネルギーを伝搬することができますが、アンテナは周波数ごとに電波の放射しやすさが異なります。そしてこの放射しやすさは、アンテナの長さと電磁波の波長の関係としておおよそ見積もりことができ、周波数が低いほど長いアンテナが必要となります。
これを逆に捉えると、波長に対して非常に短いアンテナの場合には、電磁波がほとんど放射しないということです。
そのため例えば低周波のノイズに関しては、半導体ICがノイズの発生源であったとしても、放射源は長い導体であるケーブルであるということが推測できます。
つまり、このような場合にはただ単に発生源を狙って対策するよりも、放射源に対してアプローチする方が効率的なノイズ対策につながります。
このあたりに関しては、ある程度の経験値も必要となってきますが、ノイズ対策する際の参考としてみてください。
おわりに
今回は電波吸収シートをテーマとして「原理」「分類」「使い方」について解説しました。
電波吸収シートは、ノイズ対策の中でもかなり曖昧なところが多い部品で、実際になぜ効果があったのか明確に説明できないこともあります。
とはいえ、少なくとも自分なりになぜ効果が得られたのかの仮説を立てておくことは大切で、それが次の対策の糸口へと発展することもあります。
そのため電波吸収シートを使用した際には、今回解説した内容をもとに自分なりに効果の原理について考えてみてください。
電波吸収体について専門的に学びたい方は「初めて学ぶ電磁遮へい講座」がおすすめです。
(2024/12/05 08:43:26時点 Amazon調べ-詳細)
電磁波シールドがメインの内容ですが、電波吸収にも関連する複合材料について学ぶことができるため、それぞれにどのような違いがあるかを理解できるかと思います。
今回は以上です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。