前回の記事では、シェルクノフの式をもとに電磁波シールドの定義や原理について紹介しました。
実際のノイズ対策で電磁波シールドする場合は、単純にノイズ発生源を金属で覆ったり、あるいはシールド線を利用したりすることがほとんどかと思います。
それだけでもある程度のノイズ対策効果は得られますが、さらに効率的に電磁波をシールドするためには知っておくべき知識があります。
そこで今回の記事では、シールド材を設計するという観点で効率的な電磁波シールドの方法を紹介します。
近傍界と遠方界
電磁波シールドにおいて、まず知っておくべき概念が「近傍界」と「遠方界」です。
電磁波の放射源(ノイズの放射源)となるのは「アンテナ」ですが、アンテナの波動インピーダンスはアンテナからの距離によって変化します。
近傍界
近傍界はアンテナ近傍の領域のことで、電磁波が放射するのではなく電界や磁界として周囲に誘導される領域です。
λ/2π の距離までを近傍界と定義するのが一般的で、距離によって波動インピーダンスが変化します。
また波動インピーダンスは波長λがパラメータとなっているため、遠方界までの距離が周波数によって異なります。
そしてアンテナの形状によって「電界」が支配的か、「磁界」が支配的かに分かれます。
ワイヤーハーネスなどの「線状アンテナ」の場合は電界が支配的となるため、アンテナ近傍の波動インピーダンスが高く、距離が離れるに従って波動インピーダンスが低下していきます。
反対に、コイルなどの「ループアンテナ」の場合は磁界が支配的となるため、アンテナ近傍の波動インピーダンスが低く、距離が離れるに従って波動インピーダンスが上昇します。
遠方界
そして、どちらのアンテナも放射源から λ/2π 以上離れると徐々に遠方界へと遷移し、電界と磁界の比が安定します。
いわゆる電波と言われる状態(平面波)で、電界と磁界の比が377Ωで一定となります。
電磁波シールドの反射損失は、波動インピーダンスとシールド材のインピーダンスの比がシールド効果となるため、シールドの対象が「近傍界」なのか「遠方界」なのか把握しておく必要があります。
このことから同じシールド材であっても、波動インピーダンス(放射源の形状と距離)によってシールド効果に違いが生じるということがわかります。
シールド材の厚みとシールド効果の関係
シールド材の厚み d の影響は、表皮効果δをベースに考えます。
変数 | 内容 | 単位 |
δ | 表皮効果 | [m] |
f | 周波数 | [Hz] |
μ | 透磁率(導体≒1) | [H/m] |
σ | 導電率 | [S/m] |
低周波のシールド
シールド材の厚み d が表皮効果δよりも小さい場合(d<<δ)、つまり周波数が低い場合は反射損失が支配的となります。
これを伝送線路理論で考えると、特性インピーダンスZ0の線路に並列に抵抗が挿入された回路とみなすことができます。
この回路におけるシールド効果 SE は、以下の式で表されます。
シールド材が完全導体(Perfect Electric Conductor)だったとすると、導電率σが無限大となりシールド効果も∞、つまり完全反射となります。
シールド材の厚み d の影響を考えると、厚みが2倍になるとシールド効果も2倍、つまり6dB高くなることがわかります。
高周波のシールド
一方で周波数が高い場合、つまりシールドの厚み d が表皮効果 δ よりも大きい(d>>δ)の場合はどうなるのか。
厚み d が表皮効果 δ よりも大きいということは、シールド材の内部でエネルギーが吸収されるということになります。
つまり吸収損失が大きいということです。
もちろん反射損失も存在します。
両方の損失を加味したシールド効果は、以下のようになります。
このうち、シールド材の厚み d が影響するのは吸収損失を表す e^(-αd)の要素で、dが2倍になると吸収損失は デシベルベースで2倍高くなります。
ちなみに各金属材料の周波数ごとの表皮深さは以下のとおりです。
シールド材の開口部の影響
金属筐体でシールドする場合に、通気性をもたせるために穴を開けたり、スリットを入れたりすることがありますが、これらはシールド効果にどのような影響を与えるのでしょうか。
穴の影響
まずは穴の影響から考えてみましょう。
「筐体開口部のシールド効果に及ぼす影響 」によると、平均シールド効果(ASE)は実験的に以下の式に当てはまります。
ASE = −63.2 ⋅ log(D) −17.4 ⋅ log(n) +131.1 (dB)
ここでD(mm)は丸穴の直径、n(個)は丸穴の個数を示します。
穴の直径と個数の双方を加味すると、穴の影響に規則性があることが確認できます。
スリットの影響
スリットの場合は、電磁波の偏波の影響を考える必要があります。
シールド材は入射波を打ち消すための反射波が発生させることで反射損失を持ちます。
反射波が発生するためには、シールド材の表面に電流が流れている必要があります。
つまり表面電流の大きさが、反射波の大きさ、ひいては反射損失の大きさとなります。
では、表面電流が流れるシールド材にスリットがあるとどうなるのか?
スリットは本質的に電流を流れにくくする作用がありますが、その影響度は表面電流に対するスリットの向きで異なります。
スリットが表面電流に対して平行に走っている(磁界Hに対しては垂直)場合は、電流を妨げる作用は小さくなります。
反対に、表面電流に対してスリットが直交(磁界Hに対しては水平)していると、インダクタンスが高くなるため表面電流が流れにくくなり、シールド効果が低下します。
それぞれの向きでのスリットの影響みると、その違いがわかります。
同じスリットの長さ同士で比較すると、シールド効果に30~40dBの違いがあります。
スリットの長さに関しては、長さそのものよりも波長に対する長さとして影響が出ます。
実際のノイズ対策としてシールド材を使用する場合、放射源の偏波を推定することはかなり難しいです。
そのためシールド材に開口部を設けるならば、偏波の影響が小さい穴形状にした方が無難であると言えます。
おわりに
シールド材を設計するという観点で、「近傍界」と「遠方界」の影響や「開口部」の影響について紹介しました。
電磁波シールドは目に見えない領域のテーマなので、現象を正しく理解しないとノイズ対策でミスリードしてしまう可能性があります。
そうならないためにも書籍などでさらなる理論づけがあるといいですね。
電磁波シールド関係の書籍はあまり多くないですが、「初めて学ぶ電磁遮へい講座」が最もわかりやすいです。
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また電磁界シミュレータを使用して、実際に電磁波を可視化してみるのもひとつの手です。
電磁界シミュレータについて過去の記事でも紹介しているので、そちらを参考にしてみてください。
今回は以上です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。