この記事では、ノイズフィルタのコア材が減衰特性に与える影響について検証しています。
動画はコチラ↓
ノイズフィルタのコア材の種類
ノイズフィルタに使用されるコモンモードチョークコイルのコア材は、フェライトコア、ナノクリスタルコア、アモルファスコアの3種類があります。
フェライトコア
フェライトはノイズ対策で定番のコア材で、この3つの中では汎用的なタイプに位置づけられます。他の材質と比較して低価格で、インダクタンスに関連する透磁率が10,00程度と高いことが特徴です。
ちなみにフェライトコアの材質にはニッケル材とマンガン材がありますが、ノイズフィルタ用のフェライトコアにはマンガン材が使用されています。
ナノクリスタルコア(ファインメット)
ナノクリスタルコアはファインメットと同等の材質のコア材で、飽和磁束密度と透磁率の両方が高いという特徴を持ちます。
ノイズ対策部品としては、広帯域で高い減衰量が得られる一方で、価格はやや高くなる傾向にあります。
アモルファスコア
アモルファスコアは透磁率が2,000~5,000程度とそれほど高くありませんが、飽和磁束密度が非常に高いため、磁気飽和に強いコア材と言われています。
また用途としてはノイズ対策以外にも、電源回路用のトランスやリアクトルとして使用されることもあります。
ちなみにコア材の各特性の意味は以下の記事で解説しています。
検証対象
今回は2段タイプで、定格電流が10Aのノイズフィルタを3種類用意しました。
ナノクリスタルコアを使用したRSKNシリーズだけ金属筐体となっているため外観から見分けることができますが、フェライトのRSHNシリーズとアモルファスのRSMNシリーズは見た目に違いがありません。
RSHN-2010(フェライトコア)
RSHNシリーズはフェライトコアをコア材とした2段のノイズフィルタです。
TDKラムダの電源ライン用ノイズフィルタの中では汎用的なモデルにあたり、コモンモードチョークコイルのインダクタンスは1.9mHです。
RSKN-2010(ナノクリスタルコア)
RSKNシリーズは高減衰タイプに位置づけられるノイズフィルタです。
コモンモードチョークコイルのインダクタンスは1つが10mH、もう1つが4.5mHと、フェライトと比較して2倍から4倍ほど高いインダクタンスを持ちます。
RSMN-2010(アモルファスコア)
RSMNシリーズはコア材にアモルファスコアを使用したノイズフィルタです。
高パルス対応として分類されており、コモンモードチョークコイルのインダクタンスも1.2mHと低いことが特徴です。
減衰特性の比較(静特性)
今回はコア材の影響が大きいコモンモードの減衰特性を比較します。
なお減衰特性の測定方法の詳細は、以下の記事で解説しています。
測定結果
コア材の違いによって減衰特性に大きな差が生じています。
ここで青色のフェライトコアと赤色のナノクリスタルコアを比較します。
両者のコイルのインダクタンスは、1段目が 1.9mH 対 10mHで約5倍(14dB)、2段目が 1.9mH 対 5mHで約2.5倍(8dB)の差があり、各インダクタンスの差の合計(14dB + 8dB = 22dB)が 10kHzにおける減衰量の差となって表れています。
つまり周波数が低い領域においては、コイルのインダクタンス(コア材の透磁率)が高いものほど減衰量が大きく、低周波のノイズ対策に有効と言えます。
また反対にアモルファスコアのように透磁率が低いコア材は、低周波で高い減衰量は期待できません。
電流バイアス特性(動特性①)
実機では外的な要因でノイズフィルタの減衰量が変化することがあり、その1つにコモンモード電流による磁気飽和の影響があります。
これは特に定常的に大きなコモンモードノイズが発生するインバータ搭載機器において問題になりやすい現象です。
振幅の大きいコモンモード電流が流れるとコモンモードチョークコイルのコア材が磁気飽和して、ノイズフィルタの減衰量が低下してしまうことがあります。
電流バイアスの測定方法
磁気飽和の影響の検証にあたっては、実際に振幅の大きいコモンモード電流を流すことはできないので、安定化電源とバイアスTを使って直流電流を重畳させます。
このセットアップでは直流電流によってコア材を磁気飽和させながら、ネットワークアナライザで減衰特性(S21)を測定することが可能です。
RSHN-2010(フェライトコア)
ここでは安定化電源から出力する電流を 0~100mAまで 10mA刻みで変化させたときの減衰量をプロットしています。
すると減衰量そのものは大きく変化していませんが、減衰量のピークが高い周波数へ移行している様子が確認できます。
これはコア材の磁気飽和によってコモンモードチョークコイルのインダクタンスが低下し、それによってノイズフィルタの共振周波数が高くなっているためです。
このことから定常的に大きなコモンモード電流が流れる用途において、RSHNシリーズでは定格通りの減衰量が得られない可能性があると言えます。
RSKN-2010(ナノクリスタルコア)
RSKNシリーズは100kHz以上の周波数において、電流の増加に伴って減衰量が低下していく様子が確認できます。
具体的には300kHzにおいて減衰量が最大 15dB低下しています。
このようにナノクリスタルコアを使用したノイズフィルタは、透磁率が高いため磁気飽和の影響を受けやすく、定常的に大きなコモンモード電流が流れる用途では思ったような減衰効果が得られない可能性があります。
RSMN-2010(アモルファスコア)
RSMNシリーズはもとの減衰量が小さいこともあって、磁気飽和による影響はかなり小さいことがわかります。
またフェライトコアで見られた共振周波数の変化も限定的です。
このことから他のノイズフィルタと比較して、大きなコモンモード電流が流れる用途においても定格に近い性能が得やすく、インバータ搭載機器に対しても有効な手立てになると言えます。
ただしもとの減衰量が小さいため、大きなコモンモード電流が流れるすべての場面で有効とは言えず、状況に応じて他のタイプとの使い分けが必要になります。
パルス減衰特性(動特性②)
パルス減衰特性は高電圧のパルス性ノイズに対する減衰量を規定するものです。
ここではノイズ研究所製のノイズシミュレータを使って、ノイズフィルタのパルス減衰特性を比較します。
測定方法
ノイズシミュレータは任意のパルス幅のパルス波を発生させる装置です。
ここでは最もパルス幅が長い、つまり最も厳しい条件であるパルス幅 1us(1000ns)で、パルス性ノイズに対する減衰量を測定します。
パルス減衰量はノイズフィルタへの入力電圧と出力電圧から算出します。
このとき各端子は50Ω抵抗で終端し、かつ高電圧を印加するため差動の高圧プローブを使って波形を測定します。
測定波形
実際にオシロスコープで測定した波形がこちらです。
ピンクの入力パルス電圧のスケールが 500V/divで 約1.2kVとなるのに対して、黄緑の出力電圧が 50V/divで 約120Vとなっています。
つまり、ノイズフィルタに印加されたパルスノイズが 1/10程度に減衰しているということです。
パルス応答特性の比較
このグラフは横軸が入力電圧、縦軸が出力電圧です。
フェライトコアは400V程度、ナノクリスタルコアは600V程度を境にして出力電圧が急激に上昇しています。
この出力電圧の急激な上昇はコア材が磁気飽和することによって生じるもので、フェライトコアのように飽和磁束密度が低く、透磁率が高いコア材ほどパルスノイズに対して磁気飽和しやすいです。
一方でアモルファスコアを使用したノイズフィルタは急激に出力電圧が上昇することなく、入力電圧に比例して徐々に出力電圧が高くなっています。
パルス減衰特性の比較
このパルス減衰特性の違いは、入力電圧と出力電圧の比をとって減衰量として見るとわかりやすいです。
減衰量で比較すると、他のコア材は明確に減衰量が変化するポイントがありますが、アモルファスコアは減衰量が線形に変化していることが確認できます。
つまりアモルファスコアは高電圧のパルス性ノイズに対して磁気飽和の影響が限定的で、実際のノイズ対策においても極端な減衰量の低下が起こりづらいということです。
そのためサーボアンプやプラズマ発生機のような高電圧パルスを使用する装置において、アモルファスコアは最も高いノイズ抑制効果が期待できます。
パルス減衰特性に関する補足
ただしそんなアモルファスコアを持ってしても、全てのパルス性ノイズに対応できるわけではありません。
この理由はノイズのパルス幅が増加するに従ってコア材が磁気飽和しやすくなるためです。
例えば雷サージのようにパルスの半値幅が50usあるようなノイズの場合、コア材の種類に関係なく磁気飽和を起こしてノイズの減衰効果が得られなくなります。
つまりノイズフィルタのパルス減衰特性は一律に◯◯dBや◯◯Vと規定することはできず、ノイズの性質や周辺機器のインピーダンスによって減衰量が変化するということを理解しておく必要があります。
おわりに
今回はノイズフィルタのコア材による特性の違いを減衰特性、磁気飽和特性、パルス減衰特性の3つの観点から検証しました。
今回の検証結果はいずれもノイズ対策の実務でもかなり役立つ内容となっているので、実際にノイズフィルタを使用する際にはぜひ参考にしてみてください。
またノイズフィルタの具体的な選定方法は以下の記事で解説しているので、興味があればそちらもチェックしてみてください。
今回は以上です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。