NanoVNAを購入したときに、合わせてNanoVNA用の「RFデモボード」を購入しました。
そこで今回はこのRFデモボードについてレビューします。
動画は長いため、前編と後半に分かれています。
概要
このRFデモボードは1枚の基板に18種類の回路が実装されており、はんだ付けが不要で、キャリブレーションもボード上で完結できることから、誰でも簡単に NanoVNA を使って高周波特性の測定が体験できるようになっています。
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シルクの図を見てみると、スミスチャートの図が描かれた回路と伝送特性が描かれた回路の2つに大きく分かれていることがわかります。
この2つの図は、それぞれスミスチャートの回路が1ポート、伝送特性の回路が2ポートの測定に対応しています。
この記事ではキャリブレーションを行った後に「1ポート測定」→「2ポート測定」の順に各回路を測定していきます。
注意点
このRFデモボードには「U.FLコネクタ」という同軸コネクタが使用されています。

この「U.FLコネクタ」は繰り返しの脱着に適していなため、非常に壊れやすいです。
実際にわたしも、何とかデモボードのすべての回路を測定することができたのですが、1本の同軸コネクタが最終的には使えなくなってしまいました。
そのため、U.FLコネクタが壊れても許容できる方のみ購入するのが良いかと思います。
とはいえ、コンセプトとしては非常に良いものなので、今回の記事を読んで簡易的に実験した気持ちになっていただけると嬉しいです。
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キャリブレーション
今回は「NanoVNA-Saver」を使用して測定を行います。
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キャリブレーションは「Calibrationボタン」の中の「Calibration Assistant」から行えます。表示すべて英語で出てきますが、ネットワークアナライザを使ったことがある方であれば文章の意味はすんなり理解できるかと思います。
キャリブレーション方法
ここでは「フル2ポート校正」ではなく、「エンハンスト・レスポンス校正」というキャリブレーション手法が用いられています。
このエンハンスト・レスポンス校正は、フル2ポート校正と比較して手順が簡略化されている一方で、測定誤差が多少大きくなります。
とはいえ、今回のような簡易的な実験においては問題ないレベルの誤差です。
エンハンスト・レスポンス校正の詳細については、NanoVNAの開発者である edy555 さんの記事が詳しいので、興味のある方は参考にしてみてください。
https://ttrf.tk/posts/2016-11-08-calibration-process-in-python-for-nanovna/
ポート0の校正
まずは「ポート0」から校正します。
SHORT校正
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ポート0に接続されたケーブルを Short を接続します。
デモボードには校正用の回路も準備されており、Short(短絡)は右下の13番の回路です。NanoVNAとデモボードの接続が完了したら、OKをクリックします。
OPEN校正
つづいて Open です。
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Open はショートの右側の14番の回路になります。
LOAD校正
次は50Ωの抵抗(ダミーロード)を接続します。
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Load は15番の回路です。
Load校正が終了したら、これでポート0の校正は完了です。
ポート1の校正
つづいてポート1の校正を行うため、 Yes をクリックします。
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これで2ポートキャリブレーションのステップへと進みます。
Isolation校正
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本来アイソレーション校正をする場合には、ポート0にもダミーロードを接続するのですが、ここではダミーロードの回路が1つしか無いため、ポート1のみ Load に接続します。
Through校正
最後はスルー校正です。スルー校正は18番の回路にポート0とポート1のケーブルを接続します。
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接続が完了したら OK をクリックして、これでキャリブレーションは完了になります。
キャリブレーションに関しては、はじめは戸惑ってしまうかもしれませんが、ネットワークアナライザでの測定においては毎回行う必要があります。
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校正そのものの意味は、原理まで突き詰めると難しいものですが、NanoVNA を通じてはじめてネットワークアナライザを触るという方は、とりあえす今回の手順をしっかり覚えておくと良いかと思います。
1ポート測定(1素子回路)
1ポートの回路から順に測定していきます。
なお測定結果に関しては、シルクの図との対比するためスミスチャートで表示しています。
「スミスチャートって何?」という方は、別の記事でスミスチャートについて解説しているので、そちらを参照してください。
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ショート
ショート回路に接続すると、スミスチャートの左端の位置にマーカーが集まっていきます。

左端ということはすなわちインピーダンスが0Ωだということですね。
マーカーの値を見ても、概ね 0Ω となっていることが確認できます。
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オープン
次はオープンです。オープンに接続すると、マーカーが右端へと移動していきます。

このあたりは非常に基本的なことですが、スミスチャート上での振る舞いを実験的に学ぶという意味では良いものだと思います。
50Ω抵抗
つづいて50Ω抵抗です。今回は50Ω抵抗をダミーロードとしてキャリブレーションしているため、円の中心にマーカーが集まっていきます。
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マーカーのインピーダンスも概ね50Ωとなっています。
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ちなみにダミーロードの抵抗値は、いわゆる基準インピーダンスと呼ばれるもので、ネットワークアナライザの機種によっては、機器内部の計算処理によって基準インピーダンスを任意の値に変更することもできます。
基準インピーダンスの詳細はTDKの記事が参考になります。
https://product.tdk.com/ja/products/emc/guidebook/jemc_basic_03.pdf
NanoVNAに関しては、現在のところインピーダンス変換の機能は実装されていないようですが、もし変換したい場合には、タッチストーンファイルのデータを保存して、回路シミュレータで計算処理することでを使って基準インピーダンスを変換することができます。
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33Ω抵抗
次は33Ωの抵抗です。スイープを開始すると、マーカーが中央からやや左の位置に収束していきます。
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そしてシルクにも印刷されている通り、マーカーの VSWR=1.5 となります。
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ちなみにVSWRは計算でも求めることができます。

とはいえ、このように計算をせずとも回路のインピーダンスを直感的に推測できるのがスミスチャートの良いところなので、まずは実験を通じてインピーダンスとSWRの関係性を何となく掴んでいけば良いかと思います。
75Ω抵抗
つづいて75Ωの抵抗です。75Ωの抵抗のシルクにも VSWR = 1.5と書かれています。
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先ほどの 33Ωの抵抗と比較すると、マーカーが中央からやや右に位置しています。
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ただしVSWRは33Ω抵抗と同じで、VSWR=1.5 となります。
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これはつまり、スミスチャートの中心からの距離によってVSWRが概ね推測できるということで、中央に近いほど50Ωに近づくためVSWRが小さくなります。
コイル(インダクタ)
シルクの図を見ると、チャートの右端から上側の領域を通って左端へと移動しています。

今回の測定では、周波数の設定が異なるため少し見た目が違っています。(NanoVNA はログスイープに対応していないようで、広い帯域を一括して測定する場合には低い周波数のデータポイントは少なくなってしまいます。)
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今回の測定データでは、特にチャートの左側のデータが抜けています。
コイルの特長としては、周波数が低いとインピーダンスが低くなるためチャートの左側に位置し、周波数が上昇するに従って徐々にチャートの右側へと移動していきます。
このときチャート中央の直線と交わると、コイルが自己共振していることを意味し、このときインピーダンスが最大となります。(ここではポイント数が少ないため、リアクタンスが完全に0にはなっていません)
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そしてそれ以上の周波数になると、今度はリアクタンスがマイナスへと転じ、コンデンサとして機能する領域へと移っていきます。
これがいわゆる、コイルが持つ寄生容量の影響です。
コンデンサ
次はコンデンサです。
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コンデンサは、周波数が低い場合には高いインピーダンスを持ち、周波数が高くなるほど
インピーダンスが低くなります。
そのためスミスチャート上では、右端の位置から時計回りにインピーダンスが遷移していき、自己共振周波数に至るとインピーダンスが最小の値を示します。
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ここでは 268MHz で 1Ω 以下となっています。
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そしてそれ以上の周波数では、今度はコイルとしての性質を持つようになり、リアクタンスが徐々に大きくなることでインピーダンスも上昇していきます。
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1ポート測定(多素子回路)
ここまでは抵抗、コイル、コンデンサの1素子での特性を測定しましたが、ここからはこれらの素子が組み合わさった回路の特性を測定していきます。
RC直列回路
まずはRC直列回路です。
RC直列回路は、低周波ではコンデンサの充放電回路として時定数を用いて解析されますが、高周波においては特定の周波数においてインピーダンスマッチングする際に使用される回路になります。

シルクの図を見ると、等レジスタンス円の下側をぐるっと一周したものとなっています。

実際に測定してみると、低い周波数ではコンデンサのインピーダンスが支配的となるため右端の ∞Ω となっていますが、周波数が高くなるにつれてコンデンサのインピーダンスが低くなり、チャート中央の 50Ω の位置へと移動していきます。
このようにマッチングの帯域幅を特に気にしない場合には、抵抗に対してコンデンサを直列に接続することで、特定の周波数で簡単にマッチングを取ることができます。
LC直列回路
つづいては LC直列回路です。
LC直列回路は、コイルとコンデンサによる共振を利用してインピーダンスマッチングする回路で、先ほどのRC直列回路と比較すると急峻な周波数特性を持ちます。
シルクの図では、スミスチャートの外周を沿うようなものとなっています。

しかし実際に測定してみると、コイルとコンデンサはそれぞれ寄生抵抗をもつため、共振周波数においてもインピーダンスは完全に 0Ω とはならず、そのために外周よりもやや内側を沿うようにプロットされます。
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また共振周波数付近のプロットされている点を見てみると、点の間隔が粗くなっており、このことから急峻な共振特性を持つということがわかります。
つまりLC直列回路はRC直列回路と比較すると、狭い帯域でインピーダンスマッチングできるということです。
RLC直並列回路①
次は RLC直並列回路です。
この回路は、抵抗とコイルが並列に接続されたものに、さらにコンデンサが直列に接続された回路となっています。

回路の挙動を理解するためには、抵抗とコイルの部分とコンデンサの部分に分けて考えると良いかと思います。
この2つの回路が直列に接続されると、低い周波数ではまずコンデンサのインピーダンスが高いためその影響が支配的となり、周波数が高くなるにつれて抵抗とコイルの影響が見えてきます。

実際の測定結果を見ると、右端の ∞Ω から始まって容量性リアクタンスの領域を通過し、コンデンサのインピーダンスが最小となる周波数においては、コイルと並列に接続された
抵抗のインピーダンスを示します。
そしてそれ以上の周波数になると、今度は回路図には描かれていませんが、コンデンサの寄生インダクタンスの影響で誘導性のリアクタンスの性質を示すようになります。
さらに高い周波数になると、こちらも回路図には描かれていませんが、コイルの寄生容量の影響で徐々にリアクタンスが小さくなって、最終的には 50Ωの点に近い位置へと収束していきます。
このように高周波においては、回路図には描かれていない寄生成分の影響が顕著に出てきますが、スミスチャート上での挙動を見ていくとおおよそ何の影響を受けているかを推測することができます。
RLC直並列回路②
つづいて RLC直並列回路の2つ目のタイプです。
この回路では、並列回路のそれぞれの素子ごとに分けて考えると理解しやすいです。
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下側の抵抗は一定のインピーダンスを示し、そこに並列に LC直列回路が接続されているということで、低い周波数や高い周波数では抵抗の影響が支配的となりますが、共振周波数に近づくにつれてLC直列回路の影響が見えてくるようになります。
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そのためスミスチャートにおいては、低い周波数では中央の 50Ω に近い特性を示し、そこから周波数が高くなるにつれて「容量性リアクタンスの領域」→「自己共振周波数による純抵抗の領域」→「さらには誘導性リアクタンスの領域」へと遷移していきます。
そして最終的には、コイルとコンデンサのそれぞれの寄生成分によってリアクタンスが打ち消しあい、再び 50Ωの点へと戻ってきます。
2ポート測定
ここからは2ポートの測定へと移っていきます。
2ポートの測定は、主にゲインや減衰量を評価するときに行われ、このデモボードにおいては「フィルタのゲイン」と「アッテネータの減衰量」を測定できるようになっています。
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ローパスフィルタ
ローパスフィルタのシルクには、LPF400MHz と書かれています。

実際に測定してみると、確かにローパスフィルタとしての性質を示しています。

ただし、400MHz においてのゲインが -17dB となっており、何をもとに 400MHz と書かれているのかは正直よくわかりませんでした。
ちなみに回路の構成としては、コイルとコンデンサによる3次のLCフィルタです。
ハイパスフィルタ
つづいてハイパスフィルタです。
ハイパスフィルタも構成としては3次のLCフィルタとなっており、シルクには HPF500MHz と書かれています。

ただし 500MHzにおいては、ゲインがほぼ 0dB となっており、ローパスフィルタと同じく何をもとに 500MHzと書かれているかはわかりません。
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ちなみにフィルタの減衰傾度は、3次のフィルタであるため 60dB/Decade となります。
ノッチフィルタ
ノッチフィルタは、バンドストップフィルタやバンドエリミネーションフィルタとも呼ばれ、特定の周波数のみを遮断する性質を持ちます。
シルクには BSF6.5MHz と書かれています。

実際に測定してみると、確かに 6.5MHz で減衰量が急激に大きくなり、ノッチフィルタとして機能していることがわかります。


ただし1つ気になる点として、他の周波数においてもゲインが小さくなっています。
これは回路の構成から見るに、フィルタの入出力に接続されている「抵抗」と「コイル」による影響と思われますが、このような回路が接続されている理由はよくわかりませんでした。
バンドパスフィルタ
バンドパスフィルタは、ノッチフィルタとは逆の性質を持ち、特定の周波数のみを通すフィルタとなります。
シルクには BPF10.7MHz と書かれています。

実際の測定してみると、10.5~10.7MHzの周波数帯の(200kHz の帯域幅を持った)バンドパスフィルタとなっています。


この周波数、および帯域幅は、FMラジオの中間周波数用として使用されているもので、このように急峻なフィルタを使用することで、特定のチャンネルの信号のみを受信することができます。
ただし、理由はわかりませんがノッチフィルタのときと同じく、外付け回路の影響で全体のゲインは低下しています。
3dBアッテネータ
このデモボードには2つのアッテネータ回路が実装されています。

1つ目の 3dBのアッテネータ回路は、π型の回路構成となっており、1MHz ~ 1GHzの帯域においてはフラットな減衰特性が得られています。
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ちなみにアッテネータ回路は非常にシンプルですが、基板上に実装した場合には寄生成分の影響が出てくるため、より高い周波数になった場合にはフラットな減衰特性が得られなくなります。
10dBアッテネータ
つづいて 10dBのアッテネータです。

こちらも回路構成としては、π型の回路で構成されています。


ただし回路定数は異なっており、実際に測定してみると、きちんと 10dBの減衰量が得られていることがわかります。
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おわりに
今回は、NanoVNA用のRFデモボードの18種類の回路の測定を行いました。
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簡単な回路から、少し読み解くのが難しい回路もあったかと思いますが理解できましたか?
高周波回路の初学者にとっては良い例題がたくさんあったかと思います。
今回のように実験を通じて学ぶというのは、座学を通じて学ぶよりも遥かに理解が進みやすいのですが、そうした環境が実現できるのは「NanoVNA」の登場のおかげです。
まずは安価な NanoVNA を使って様々なデバイスを実際に測定してみて、それぞれの回路がどのような挙動を示すのかを体感してみてください。
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ちなみに今回実験に使用したRFデモボードは、冒頭にもお伝えしたようにコネクタが壊れやすいため、あまりおすすめできるものではありませんが、実験用として割り切って使用できるならば購入してみてもよいかと思います。
ということで、長い記事になりましたが、今回は以上です。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。