EMI試験(放射エミッション)において、測定距離が「10m」と「3m」で限度値が異なります。
限度値は、供試品(EUT)とアンテナ間の距離に基づいて規定されていますが、その妥当性については常に議論の対象となっています。
今回の記事では、EMI試験における「10m法」と「3m法」の違いについて紹介します。
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限度値の差
まずは限度値から確認してみましょう。
CISPR32などの放射エミッション試験の限度値は「10m法」が基準となっています。
一方、3m法は10m法と比較してEUTとの距離が近づくため、限度値が緩和されています。
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これらの限度値の差は、すべての周波数で一律に10dBとなっています。
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差分が10dBの理由
10m法と3m法の限度値の違いは、電波の距離減衰をもとに規定されています。
電波の距離減衰は、微小ダイポールを波源とする場合、下記の式で表されます。
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上式において、波源からの距離(つまりEUTとアンテナの距離)は r で表されており、{}中から電界強度に対して3つの要素を持つことがわかります。
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これら3つの要素は、電波の性質の違いを表しています。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2019/12/%E5%86%85%E8%A8%B3.png)
静電界はいわゆる「直流」における電界強度で、距離の1/r3に比例します。
誘導電磁界は「近傍界」のことで、一般的には波長λに対して λ/2π までの距離として規定されます。この近傍界において、電界強度は距離の1/r2に比例します。
放射電磁界は「遠方界」のことで、一般的には電波としての振る舞いを見せる領域で、波長λに対して λ/2π 以上離れた位置として規定されます。遠方界において、電界強度は距離の1/rに比例します。
放射エミッション試験は、遠方界での考え方をもとに限度値が規定されています。
つまり、距離の1/rに比例するという考え方です。
10mと3mの測定距離で電界強度を比較します。
◎ 10m: 20*log(1/10) = -20 [dB]
◎ 3m : 20*log(1/3) = -9.54 [dB]
両者の差を求めると、遠方界における電界強度の差が求まります。
-9.54 [dB] – (-20 [dB]) = 10.46 [dB]
この差分 10.46 [dB] ≒ 10 [dB]が、限度値の差分として適用されています。
近傍界と遠方界
放射エミッション試験における最低周波数は 30MHzです。
周波数と波長には逆数の関係があります。
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つまり、周波数が30MHzのときに波長が最も長くなります。
30MHzにおける電波の波長は 10m です。
近傍界の定義は λ/2π とありましたが、波長10mにおいては近傍界の距離は 1.6mとなります。
このことから、10m法と3m法ともに測定周波数の範囲においては遠方界として距離減衰を計算しても問題ないと考えられます。
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では、距離以外にどのような要因があるのでしょうか?
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床面からの反射の影響
放射エミッション試験は、オープンテストサイトや電波暗室で測定が行われます。
これらのサイトは床面に金属板が設置されているため、受信アンテナにはEUTから直接到達する「直接波」以外に、床面で反射した「反射波」も到達することになります。
反射波は直接波と異なる経路を伝播するため、直接波とのあいだに位相差が生じます
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この位相差の影響を緩和するために、放射エミッション試験では受信アンテナの高さを 1~4mまで走査させます。
いわゆるハイトパターンです。
高さを変えるということは、経路長が変わることと同じであるため、高さごとに位相が強めあったり、弱めあったりすることになります。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2019/12/height-pattern-10m-horizontal.gif)
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2019/12/height-pattern-3m-horizontal.gif)
同じ周波数(同じ色の波形が同じ周波数)で測定距離10mと3mを比較すると、反射波の影響がかなり異なることがわかりますね。
垂直偏波も同様です。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2019/12/height-pattern-10m-vertical.gif)
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2019/12/height-pattern-3m-vertical.gif)
アンテナの指向性
ハイトパターンと並んで、アンテナの指向性の影響も測定距離によって異なります。
特に測定距離3m、高さ4mの位置においては、反射波の入射角θが非常に小さくなります。
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そして、測定に使用するアンテナの指向性は、理想的な微小ダイポールアンテナと異なり、一定の指向性を持ちます。
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例えばログペリアンテナの場合は、前方への指向性は高いため前方から到来する電波の受信感度は良好ですが、側面方向は受信感度が低下します。
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入射角の違いをもとに考えると、10m法では入射角θが大きいため概ね前方から電波が到来しますが、3m法では入射角θが小さいため側面から電波が到来することになります。
放射エミッション試験では、アンテナファクタとして受信レベルに対して感度補正します。
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しかし、この補正は指向性を加味したものではないため、アンテナファクタを適用しても測定結果に差が生じることとなります。
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EUTサイズの影響
EUTサイズの影響は、位相差の影響とほぼ同義ですが、特に大きなサイズのEUTの場合に顕著に起こります。
この影響度に関しては、EMCCレポートにて検証が行われています。(4章)
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放射エミッション試験では、EUTの最外殻を基準にアンテナの距離を決めます。
しかし、EUTサイズが大きい場合、EUTの中心と最外殻ではアンテナまでの距離に差が生じます。
そして、照明器具の場合は器具の中心に電源線があり、そこから垂直偏波のノイズが放射されることが多いため、器具のサイズによって直接波と反射波の位相差が大きく異なることとなります。
照明器具の長手寸法を1mとした場合、中心部と最外殻のアンテナまでの距離の差は0.5mとなります。0.5mの差は10m法においては5%程度の差ですが、3m法では16.6%の差になります。
このことからも、10m法と3m法でEUTサイズの影響度が異なることがわかります。
おわりに
EMI試験における「10m法」と「3m法」の違いについて紹介しました。
限度値の算出方法はわかりやすい一方で、現実の測定においては多くの要素の影響を受けていることがわかったかと思います。
一般的には、3m法の試験の方が限度値に対して甘くなることが多いですが、反射波の影響がある以上、サイトのサイズ、EUTのサイズ、周波数(波長)によって都度変化するため一概に規定することはできません。
限度値の差を一律に10dBにすることが良いとは言えませんが、根拠の説明の容易性を考えるとある程度仕方がない気もします。
ただし、今後CISPR規格の限度値のあり方も変わってくる可能性はあります。
規格の概要は下記の記事で紹介しています。
![](https://engineer-climb.com/wp-content/uploads/2019/12/CISPR%E8%A6%8F%E6%A0%BC%E4%B8%80%E8%A6%A7%E8%A1%A8%E7%B4%99-320x180.jpg)
興味があればチェックしてみてください。
今回は以上です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。